島のキラキラとした魅力で、今が一番の青春。日本画家 斉藤茉莉さん、田嶋里菜さん
| まちのヒト・コト
10月9日(土)から31日(日)まで、マルタスでは、「日本画家―HOTサンダルプロジェクトー」と題した展示が行われました。
HOTサンダルプロジェクトとは、夏の約1ヶ月間、丸亀市の塩飽(しわく)諸島(本島、広島、小手島、手島)に美術大学の学生を受け入れ、島に住む人たちとの交流を深めながら美術作品の制作や発表を行うアート・プロジェクトのことです。滞在中には、学生と島民が一緒になって作品を制作するワークショップや島で制作した作品を島民の前で発表する作品発表会、また、滞在終了後には「未来の収穫祭」と銘打ち、4島で制作した作品を紹介する作品展覧会を丸亀市内で開催しています。
しかし、コロナ禍により、昨年と今年は開催が中止されました。そんな中、「少しでも瀬戸内の島の魅力に触れてほしい!」という思いから、オンラインで丸亀の島の魅力を発信し、島をイメージした作品を募集しました。今回の展示は、集まった作品と、以前同プロジェクトに参加した後、丸亀市の広島に移住し、日本画家として活動する斉藤茉莉さんと田嶋里菜さんの作品を一緒に展示しました。期間中は多くの人が足を止め、芸術の秋を楽しんだ今回の企画に合わせ、2人に絵や島の魅力についてお話を聞きました。
~お二人の略歴~
斉藤茉莉
1990年 東京都生まれ
2014年 武蔵野美術大学 造形学部 日本画学科卒業
2015年 HOTサンダルプロジェクトに参加
2016年 武蔵野美術大学大学院 造形研究科 修士課程 美術専攻 日本画コース修了
2016年 丸亀市広島に移住
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田嶋里菜
1992年 静岡県生まれ
2014年 HOTサンダルプロジェクトに参加
2016年 多摩美術大学 美術学部 絵画学科日本画専攻 卒業
2019年 丸亀市広島に移住
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「HOTサンダルプロジェクト」の魅力
HOTサンダルプロジェクトに参加した理由は?
―斉藤さん
私は大学院2年の夏に参加しました。学生の時にアトリエが割り振られていて、5~6人で部屋を使うんですが、私以外のメンバーがHOTサンダルプロジェクトに参加していて、「いいところだよ、行った方がいいよ」と言われて。学生最後の年に、学生の間にしかできないことをしたいなという思いと、制作に行き詰っていたこともあったので環境を変えてみたいという思いもありました。
―田嶋さん
私も周りの勧めが大きかったですね。私は、大学3年生のときに参加したんですが、2年生のとき参加した子たちに「良かったよ」と言われて、行ってみようと思い立ちました。あとは、小手島の小学校の体育館で描けるということも聞いて。実は、そのときに大きな絵を描きたいと思っていたので、体育館ならすごく大きな絵を描いても、誰にも迷惑をかけないと思ったんです。島ということにも魅力を感じましたね。島で制作するのが完璧に素晴らしい、いいことしかないじゃないかと思いました。「島に来るなんて勇気あるね」などと言われましたが、特に何の勇気も振り絞らず行けました。
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その時はどのような生活をしましたか?
ー斉藤さん
小手島の小学校の教職員宿舎をお借りしていたんですが、生活するためのものが揃っていました。私が参加したときは、5~6人が一緒にそこで生活していましたが、皆で相談し、食事、掃除当番を決めて、ご飯はみんなで食べていました。なので、私はそれに合わせて決めたルーティンで生活をしていました。朝6時くらいに起きて、絵を描いたり、島を見てまわったり、たまに島のプールで島唯一の小学生と一緒に泳いだりもしていましたね。そして夜9~10時くらいには寝ていました。
―田嶋さん
私が参加したときは割と自由でした。朝焼けが描きたい人は、朝早いから寝るのが早いですし、私は夜型だったので、遅いと夜1時くらいまで体育館で絵を描いていました。小学校にある二宮金次郎像がなんとなく怖くて、夜2時には帰るようにしていたかも(笑)そして、朝は7時くらいには起きて…という感じでした。参加したみんながバラバラの生活スタイルでしたね。そのときに、私のそれまでの人生で一番大きな絵を描きました。縦約3m、横約2.4mで身長より大きなロール紙を体育館に広げて、刷毛を持って、その上を裸足で走り回って描きました。朝、体育館に行く前に海に行って、濡れたまま紙の上に乗って描いたり、足の裏に絵の具を塗って描いたり。島だからできる制作だったと思うので楽しかったですね。のびのびと絵を描きたいと思っていたのでとても良かったですし、思い入れがありますね。
島の方との交流はありましたか?
―斉藤さん
すれ違った島民の方にあいさつをしたりお話したりしましたね。あとは、自治会長さんがすごく気にかけてくれて、タコ飯やお刺身をいただくこともありました。
―田嶋さん
私は、HOTサンダルプロジェクトのときはあまり島の方とお会いすることはなかったのですが、たまにすれ違ったときはあいさつをしたり、展示の準備の際に手伝っていただいたりしました。タコ飯もいただいて、学生のみんなで食べました。
島で暮らす
丸亀市の広島に移住を決めた理由を教えてください。
―斉藤さん
私の場合は、大学院2年生の夏にHOTサンダルプロジェクトに参加し、その春卒業し、4月に島に来ちゃったんですよ。その頃は、全然自分の絵が確立されていなくて、その状態で就職してしまうと、その後絵を描かなくなってしまうと思いました。「島が良かったな」と考える中で、「じゃあ住んでみたら?」というご提案があって。1~2年くらいそんな生活もいいかなと思っていたら、気づいたらもう6年目になりました。居心地が良すぎて自分でもびっくりしています。
―田嶋さん
私は、本当に制作場所として適していると思います。一番制作しやすい場所だと思いましたね。私は、大学卒業後、約3年はサラリーマンをして、とても忙しかったのと、転勤もあったので、ワンルームに住むことも多かったんです。時間がないのと、制作場所はあってもお金がかかる。だからなかなか絵が描けませんでした。広さや時間を全て兼ね備えているのが島ですね。理想は、お金がかからなくて、広い場所があって、時間があること。それは東京では難しいなと思います。
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ずばり、島の魅力はどこにありますか?
―斉藤さん
純粋に、目や耳から入ってくる情報が違いすぎますね。海と空が本当にきれい。夜寝ようと思って布団に入ると、ザザーという波の音が聞こえる。フクロウも鳴いている。人間以外の生き物の存在感をすごく感じます。
―田嶋さん
うまく言葉にできないけど、船を降りたときが一番いいなと思います。島の大自然のおかげなのか、島外でなにか落ち込むようなことがあっても、島に帰ってくると、それが「些細なことだったな」と、切り替わるんです。あれはとても不思議な感覚ですね。島のあれはなんだろう?実家に帰ったみたいな気持ちに近いのかなと思います。
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逆に不便なことはありますか?
―斉藤さん
病院ぐらいですかね。診療所はありますが、土日は休みですしね。健康に気を遣うようになりました。
―田嶋さん
私も怪我をしたときですね。あと、船の時間に縛られるという不便さもありますね。夕方5時半が最終便なので、夜に丸亀市内にあるイベントやお祭りには、興味があってもなかなか行けないですね。
島で暮らして感じたギャップはありましたか?
―斉藤さん
人間関係は濃いですね。みんながみんなを知っている。私はそれに救われたと思います。私は島が初めての一人暮らしなんですが、しょっちゅう周りの方が、「元気?」、「ちゃんと食べている?」などと気にかけてくれて。都会で見知らぬ土地での一人暮らしだったら孤独で寂しかったと思います。広島は採石業が盛んだったこともあり、島外から来る職人さんも多かったと聞いたので、外の人も寛容に受け入れてくださっている気がします。
―田嶋さん
島の独特さというのはあると思います。島には島のコミュニケ―ションがあるので、完全に好き勝手に過ごして良いというわけではないですね。でも、生活していくと、「あの子にはこういう特徴がある」とか向こうがわかってくれてありがたいです。自治会に参加しているので、回覧板が回ってきたり、お宮掃除があったりします。
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島というのびのびとした環境の中、絵を描く
島に住み、2人の絵に変化はありましたか?
―斉藤さん
私は昔から植物を描いていて、学生の最初の頃は、写実的なもの描いていました。でも、このままではいけないと思い、モノクロ・墨一色の絵を描くようになりました。島の植物は、東京の、人間に管理された植物とは違うと感じます。雑草などのエネルギーが強く、日差しも違う気がしますね。すると、色を入れざるを得ないな、と。色を使うことが復活してきました。あと、構えすぎずに描けるようになりました。植物に助けられていると思います。私が、「なぜ植物を描くのか」ということを考え直してみたら、「時間を表現したい」ということに思い立ちました。例えば、ツタが伸びていくことは時間を可視化したものであると思っています。人間だと大きくなると過去の痕跡があまり見えないですよね。それが見えるものが植物なのかなと思って、最近はそれを特に意識しています。環境が変わったら絵も変わるなと感じました。モチーフだけでなくて、空気感や匂いでも変わりますね。
―田嶋さん
私は、変化はあんまりないです。とにかく絵が描きたいという感じです。私は、そのときどきで、「こういう絵が描きたいな」というのが常にありますが、「こういうもの」が、ビジュアルとしては想像がないんです。例えば、テーマパークなどでパレードを見て、「わー、すごい」と思うこと。この「わー、すごい」というような絵を描きたいんです。静かな美術館に行って、「こういう絵が描きたい」とか…。それを、絵にするということは、「何を描けばそういうふうになるのか」というのが悩みどころではあるんですが、描きながら想像を広げることが多いですね。大学の頃から、「花が“わーっ”と咲いている様子を描きたい」、その「わーっ」を表現したいと思っていましたが、そういうイメージに東京だと出会えないんです。でも、島で草刈りをしているときに、草が生えているのをみて、こういうものを描いたら、自分の感覚と結びつくんだろうなと感じました。“静かな絵が描きたい”という気持ちのときに、水平線に1隻だけ船が浮かんでいるのを見て、これが描きたい感覚と似ている気がするなど、島でマッチするものが見つかるようになった気がします。
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斉藤さんの作品
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田嶋さんの作品
自分自身に変化はありましたか?
―斉藤さん
積極的になったと思います。「それを得るためにどうしたらいいのか」ということを考えるようになりました。あとは、朝になると明るくなって、夜は暗くなる。人間も自然の一部だなと。自然のサイクルを意識して生活をするようになりました。
―田嶋さん
性格ははっきりするようになったかもしれません。あと、人との関わりっていいなと思うようになりました。家でずっと一人で絵を描いていると、人の絵と並ぶことがないですよね。今回のHOTサンダルプロジェクトの企画もそうですが、人の絵と並べると、自分の絵の特長みたいなことが客観的にわかるんです。割とこの3年間、閉じこもって描いていたので、だんだん人と一緒に絵を出していきたいという欲が出てきましたね。
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島に来て良かったですか?
―斉藤さん
今が青春だと思います。キラキラしていて、毎日ときめいていますね。島には、同じ風景がないんです。植物も「今日咲いたな」、「あ、枯れちゃったな」、「芽が出たな」など、毎日違うので、見るたびにもったいないなと思いますね。
―田嶋さん
私も青春を求めにきたのかという気がします。島で普通に生活している中で「これが表現したい」というものに出会えるようになったことも良かったですね。
島を拠点に働く
地方への移住のニーズが全国的に増えているようですが、広島の環境はどうだと思いますか?
―斉藤さん
Wi-Fiが去年ついに通って、ネット環境は良くなりました。だからオンラインでの仕事などは十分対応できると思います。あとは、私は毎日楽しいので、アーティストには絶好の場所だと思います。
―田嶋さん
釣り好きな方や虫の研究者の方とか。やりたいこと、目的があればなんでもできるところだと思います。ただ、特に目的がない人には刺激がないというか、何をしたらいいかわからないというのはあるかもしれませんね。
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田嶋さんが制作した広島の看板
移住者、UIターンなどを考えている人に、アドバイスはありますか?
―斉藤さん
都会にいると、自分で考えて行動しているようでコントロールされていることが多々あるということに、私は島に来て気付きました。自分が自発的にやっていると思っていることがそうではないかもということに気付いてみたら、何か変わることがあるかもしれないなと思います。「完璧じゃなくていいことが許される」それは単純だけど難しいことです。でも、入ってしまえば意外に簡単なことかなと思います。
―田嶋さん
都会には、ギャラリーや美術館が多く、直接芸術に触れる機会が多いところが良いと思います。ただ、周りの人の活動がよくわかる分、人と自分を必要以上に比べてしまうことはあるかもしれません。私だと例えば、公募で選んでもらい、表彰式に行っても人とうまくしゃべれないことなどがありました。でも周りを見ると、そういう場でちゃんと会話して、次の仕事にうまくつなげている人もいて…。画家ってそういう人じゃないとできないのではないかと悩むこともあって、大学卒業後はサラリーマンの道を選びました。でも、「やっぱり絵が描きたい」という気持ちが私の中にはずっとありました。島に来たことで、絵が描けて、比較対象もほぼいなくなって。私は、なんだか「そういう自分でいいんだ」と思えて、「どんな自分でも受け入れてくれる場所がある」と島に来たことで気付きました。決して甘えていいわけではないと思います。でも、絵を描く良さは、シンプルに「絵を描くこと」。絵を描きたい人が描けることが一番だと思います。島に来たことで、あまりお金がかからなくて、場所がある。私にとってそれは、挑戦するのにとても現実的でした。それは絵に限らず、何か良さがあるのではないかなと思います。
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【編集部より】「今が青春」という言葉がとても印象的で、お二人とも、島での生活や今を楽しんでいるのだなと感じました。今回の作品は、綾歌図書館ギャラリーや飯山総合学習センターでも展示される予定です。実際に二人の作品を見て、温かな感性に触れてみてください。
お二人の最新情報は下記のSNSをご覧ください。
【斉藤茉莉さんInstagram(新しいウインドウが開きます)】
【田嶋里菜さんInstagram(新しいウインドウが開きます)】