レポート

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次世代に伝統を繋げる 漆職人 臼杵春芳さん

臼杵春芳さんは、丸亀市在住の漆(うるし)職人。山の整備から漆の植林、漆掻き、器の制作、漆塗りまでを一貫して行う日本でも数少ない職人です。約6年前、実家のあった丸亀市綾歌の近隣に山を購入し、ご自身の手で漆の木を植え、自宅横の工房で漆器作りを行っています。また、漆の普及のために、NPOの法人化に向けて準備中で、未来の漆職人や漆産業の発展を願い活動をされています。モノづくりにかける思いや次世代へ文化を残したいと動く臼杵さんにお話をお聞きしました。

漆職人をめざす

臼杵さんは、もともとは家具職人として京都で働いていました。高級家具が売れなくなり、いろいろなことを考えていたとき、「漆器」の材料である漆が少なくなっているということを聞いたそうです。陶器の産地では、ほとんどの場所で地元の土を使って作るのに、漆器は外国産のものを塗っていることに疑問を持ち、漆について学びたいと考えるようになりました。そして臼杵さんは、行動に移します。

―臼杵さん
漆について学ぼうと、漆の産地であった岩手県二戸市浄法寺(じょうほうじ)地域に行き、その様子に衝撃を受けました。一大産地である浄法寺でも、その頃は、風前の灯火だったんです。現地の職人に、「漆の売れない時代に、漆掻きをめざしてどうするのか」と言われました。それでも、漆の産地である浄法寺で学びたいと、短期で2回の研修を受け、それでも覚えきれないことが多かったので、平成21年に長期の研修を受けました。浄法寺では、研修プログラムが以前からあったそうです。それでも当時は、教えてもらうというよりかは、職人さんの技を盗むという感じでしたね。
そうして漆について学んでいたんですが、平成26年に漆業界全体の流れが変わりました。その年に文化庁が、「日本の国庫補助金を用いて実施する国宝や重要文化財建造物の保存・修理は使用する漆を原則国産とする」という通達を出しました。漆の売れない時代と言われていましたが、その頃から国産漆は足りなくなり、今では奪い合いになっています。それで、今は漆の木が足りなくなっていることから、漆の植林が必要だと感じました。



香川県で漆の植林を

臼杵さんは、浄法寺での修業期間を経て、約6年前に実家のある丸亀市に戻り、本格的な活動を開始しました。

―臼杵さん
実は、最初は京都で山を探していました。でもいいところに出会えなくて。それで実家があった丸亀の端っこで、活動をすることに決めました。荒れ放題だった山を一人でコツコツ整地して、自分で漆の木を植えました。現在は、全部で約500本植えています。
漆の木が足りなくなっているという話をしましたが、最近は香川県としても漆の植林に前向きになっています。香川県では、県全体で年間約500kgの漆を消費しています。昔は、徳島県が漆の産地、香川県が漆器の産地として、材料は徳島県から取り寄せていたんですね。でも今後は、香川漆器で使う漆には、県産の漆を使う。つまり、県内で全てを補えるようにしてブランド化をめざしているようです。
実は、私がこちらに帰ってきたときに県に「漆を植えてほしい」と直談判したことがありました。その時は準備も足りず、相手にもされませんでした。それから約6年、ようやく流れが来ているなと感じます。
現在、おそらく香川県に植えられている漆は1000本ほど。苗づくりなども計画されていて、香川県の風土に合った苗などが調査されているようです。皆が動き出してくれたからいい感じに進んでいるんだなと感じます。



モノづくりと販売

臼杵さんは、植林した漆の木を掻き(漆掻き)、採取した漆を発酵させ、器に塗る。その器もご自分で制作されており、すべての工程をご自分で一貫して行うというこだわりを持って仕事をされています。そして何より、作ったものを売ることが大切だと話します。

―臼杵さん
製品にすることで価値が生まれると思い、モノづくりを続けています。漆は奥が深いんですよ。
漆の木を傷つけて行う漆掻き(うるしかき)ですが、初めは小さな傷をつけ、4日くらい経過後、本格的な傷をつけて、その傷をなぞって樹液を採ります。日の出前や夕方頃が漆の出が良くなるので、その時間帯を狙います。掻いた直後に出る樹液は白いミルクのような色をしていますが、それを木の樽に入れて発酵させ、1年くらい経つと、茶色に変わり、漆塗の材料として使うことができるようになります。漆はワインと一緒で発酵させることで大切で、古い方がいいんです。12年ものの木で、ワンシーズンで約150㏄、牛乳瓶1本分の漆が採れます。1つの樽(写真参考)で漆の木約26本分、漆器に塗ると100個分くらいになります。私は岩手産の漆を購入することもありますが、今は漆の売買で偽装などがおきないように、木の樽に産地証明や売り先などを明記する決まりになっています。
器作り(木地作り)は、漆掻きをしたあとの木、「掻きがら」を使っています。昔は、漆の木は漁網のウキとして使われていたそうで、木を売ることもしていたようです。今は、東北では薪などにしていますが、私も漆の木で何かできないかと考え、漆の木を器に使うようになりました。小さいサイクルで循環させているんです。時間はかかりますが無駄はない。小さなSDGsですね。
そして、木地に発酵が終わった漆を塗っていきます。漆器は、洗濯物とは逆で、湿度がないと乾かないんです。湿度があるところに置いておき、化学変化によって乾かします。
木を加工してから、完成するまでに約3か月かかりますね。そして、できたものを売る作業がとても大切です。作るだけの職人では生計は立てられません。
ですので、私は夏の間は漆などの材料の準備や制作に集中し、秋から冬にかけては、お声が掛かれば、東京や京都である展示会などに参加します。香川県では、丸亀市飯山町にある「楓」さんが取り扱ってくれて、店主の大石さんがたくさん販売してくれるのでとてもありがたいです。自分だけではどうしても限界があるので、作る人、売る人のチーム力が必要だと思います。



NPOの法人化に向けて準備を

臼杵さんは現在、「特定非営利活動法人さぬき漆保存会」という名で、NPOの法人化に向けて準備中で、香川県での漆の普及のため、メンバーを集めて活動を始めました。

―臼杵さん
準備中のNPOでは、植栽活動をメインにしたいと考えています。植栽をすることで漆の原料作りを行い、いずれは販売する事業までつなげていけたらいいですね。まずは、木を増やすことが大切だと考えています。また、あわせて後継者を募る活動も行いたいと考えています。
私は今67歳。10年後には、80歳近くになります。木を植える活動をしても、その木が大きくなるころには、正直、山を登ることもしんどくなると思います。漆は、採れる人がいるから宝になる。漆掻きがいなければ、肌がかぶれるだけのごみの山になってしまいます。実際、最近は産地であった徳島でも、漆の森を引き継いだ人が管理できないからという理由で漆を枯らしてしまうこともあるんです。
だから、これからの人を育てるために植える活動を行います。正直、私には利益はでないと思いますが、漆の流れが来ている今が最後のチャンスだと思い、今私たちが頑張って、それをうまく引き継いでいきたいです。



後継者を育てる、仲間を集める

「次の世代のため」と話す臼杵さんですが、実は今、2人の後継者に技術を伝えています。また、漆の可能性を信じる仲間たちも、臼杵さんの周りには集まります。

―臼杵さん
現在、2人の若者に技術を伝えています。1人は、研究所の卒業生で、徳島で漆掻きを教えています。あと、もう1人には、香川県で漆塗を手伝ってもらっています。この2人との出会いはツテでしたが、それでも後継者が寄ってきてくれたこと、興味を持ってもらえることは嬉しいですね。
漆器の産地である輪島では、漆掻き職人、木地職人、漆塗り職人と、分業のチーム制で行うことでたくさんの製品を作ることができました。しかし、香川は個人プレイでの制作スタイルが基本です。あまり数が作れないのはそれが原因の1つで、香川でもチーム制が作ることができたら、良い方向に進むのではないかと思っていました。私は、今まで1人ですべてしていて、山の管理だけでもものすごく時間がかかっていました。一人で植えることにはもう疲れましたし(笑)でも最近、後継者だけでなく、準備中のNPOにも賛同して一緒に活動してくれる仲間が増えたことで、前に進みだしたなと感じています。自分でできることは限界があります。私のわからないことは知っている人にまかせて、チーム制として対応していけたらいいなと思います。
若い人にこの業界に入ってもらうためには、何よりもモノが売れることが大切だと思います。どれだけいいモノを作っても、売れなければそこで終わってしまうからです。香川は今その状況に近いのかなと思います。売るギャラリーがないから作家はそれだけでは生活が成り立たなくなり、気持ちまで後ろ向きになってしまいやめてしまう。でも、売れると前向きに次のモノを作ることができます。
私が漆器に興味を持ったきっかけは、陶器が有名な産地では、地元の土を使うのに、漆器には外国産の塗材を使っていることに疑問を持ったことです。漆も香川のものを使い、できた漆器を地元の人に使ってもらうことができれば、一番いいサイクルができると思いますね。
私はこれからの人たちのために、活動をしています。趣味だったらこんなにめんどくさいことできないと思いますね(笑)



漆を知ってもらう、広げる

漆器は少しハードルが高いと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。お手入れは思ったより簡単。長い間使うことで艶やかさが増し、味わいや愛着が出てくることが漆器の魅力です。一人で漆器作りを行う臼杵さんは、“漆の深みにはまってしまった”と話します。

―臼杵さん
実は漆器に特別なお手入れは必要ないんです。食器洗い乾燥機と電子レンジはだめですが、普通の食器用の洗剤とスポンジで洗うことができますよ。あと漆がはがれてきても、塗り直しが可能です。私のお客さんは、10年くらいで塗り直しのメンテナンスをしますね。これを繰り返すことで一生使うこともできると思います。落として欠けたり、ひびが入ったりしても金継などで修復できます。
漆って、その年によって全然違うものができるんです。土地によっても酵母が違うので、発酵の状況も変わります。とても奥が深いんです。採算が合わなくても、私はそのおもしろさの深みにはまってしまいました。
まずはたくさんの人に漆に興味を持ってもらえたらいいなと思います。丸亀の端っこで漆掻きをしている人がいることを知ってほしい。そして、丸亀には、海や石垣、島だけでない、辺境もある。そこに注目してほしいです。
私がめざす方向性としては、ようやく動き始めました。ここ2、3年の動きがとても大切になってくると思います。今までの失敗を活かして、人間関係やさまざまのところとのつながりを大切に、前に進んでいきたいと思います。



【編集部より】臼杵さんのモノづくりや次世代へかける思いを聞き、伝統や文化についてあらためて考える機会となり、漆器の奥深さに魅了されました。また、この取材後には、臼杵さんが登壇したトークショーが行われました。漆掻きの様子なども紹介していますので、マルタス公式インスタグラムでご覧ください。

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