レポート

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瀬戸内の島で自分らしく生きる 2021.7.25(日)

7月18日から31日まで行われたPOPUP「丸亀の離島を知る~讃岐広島・手島 編~」の一環として、7月25日(日)、「瀬戸内の島で自分らしく生きる」と題したトークショーが開催されました。
広島で7月1日に民宿「島旅農園ほとり」をオープンした唐崎翔太さん。
手島でフリーランスのシステムエンジニアとして働きながらカフェの開業を計画されている高村光平さん、島の素材を活かす陶芸家として活動しながら古民家改修を行う松下龍平さんと松原恵美さん。
出身も生い立ちも違う4人に、丸亀市の島に移住した経緯やそれぞれのご活動、そして将来の目標などをお聞きしました。



島暮らしを楽しむ

■移住したきっかけは?

―唐崎さん
私は祖父の出身地が広島という縁があり移住しました。ある事情で仕事を辞めることになり、無職も都会も嫌だと、思い切って祖父という血縁を頼って住み始めました。それに助けられて畑を借りられたりすることもあるんです。

―高村さん
過疎化が進む地域だからこそ、新しい価値観で出来ることがたくさんあると思い、そういう地域に住みたいなと10年くらい前から思っていました。さまざまな場所を旅行して、いろいろなものを見て、良かったのが手島でした。

―松下さん
僕は、高村さんと京都の職業訓練校で出会い、「国を作りたい」と話したのが印象的で(笑)自分のお店を持つという目標はあったのですが、場所にこだわりがなかったので、彼についてきました。

―松原さん
私もこの島に来たのは高村さんがきっかけです。ふらふらしていたときに、「自分の人生に責任を持たないと」と思い始めて。自分に責任を持たないと島では暮らせない、そんな覚悟をもって移住しました。

■島暮らしの楽しみや大変なことは?

―唐崎さん
自己決定権があることは大事だなと思います。お金もないし、時間も使い切る生活ですが、「これをこうしよう、こうしてみよう」と自分で考えることができるんです。島の人も「やってみたら」とか、「失敗してから考えたら」と、後押ししてくれて。自己決定権があるということは、結果は全部自分にくるので、へこんだりすることもありますが、島の人に助けられているなと感じます。

―高村さん
楽しいことは、自分で家を改修して直しながら生活していることです。田舎に住みたいと思ったのは、人とのつながりと自然と関わりながら生きていきたいという思いがあったからですね。虫との闘いもありますが、自分で選んできたということで、嫌なことも楽しめますね。

―松下さん
もちろん島の人の理解と応援があってこそですが、自分で決められることはいいことだなと思います。埼玉にいたころから陶芸をしていましたが、住宅地の中だったので音を立てないようにひっそりと作っていました。島では、どの土を掘っても、煙を焚いていても何も言われない。陶芸に必要なヒマワリやトウガラシなどの収穫が終わったものを分けていただくこともあり、陶芸をするには最高な環境だと日々感じますね。

―松原さん
「島だから楽しい」という特別感はあまり感じていません。どこにいても、自分が住みやすいか住みにくいかは感覚的な問題で、私としては、島は不便だけど住みにくいわけではない。住みやすいと思っていることが楽しいことだと思います。大変なのは、住むための古民家改修ですね。住み始めてもう3年になりますが終わらないんです(笑)今、浄化槽の穴を掘ったりしていて、肉体労働や大きなクモが出たときは大変だなと思います。

現在の活動と今後のビジョン

■広島の唐崎さんは民宿「島旅農園ほとり」をオープンされましたが、なぜ農業と宿泊をしようと考えられたんですか?

―唐崎さん
大学と大学院で観光の研究をしていて、「なぜ人は旅に出るのか」という哲学的なことをずっと考えていました。その考えは、なぜ生き物は死ぬのか、なぜ食べ物は美味しいのかということにつながって、それは農業にも通じるところがあると思いました。あとは、単純に島でお金になりそうなことが農業と宿泊だと思ったので、その可能性を掛け算したら落としどころはそこだなと思いチャレンジしました。

■今作っている作物や農業体験について教えてください。

―唐崎さん
メインの作物は香川本鷹です。あとは大きい家庭菜園みたいなもので、20種類くらいを植えています。農業体験をできるところはほかにもありますが、そこでできる体験は収穫体験が多いんですよね。でも実際の農業は、99%が収穫以外の作業です。僕の農業体験は、一緒に雑草を愛でたり、子どもと僕が一緒に鍬を持って耕したり、竹を切りたかったら切ったりと、体験する人がしたいことを選べるようにし、プロセスを大事にしています。



■手島の皆さんの活動についても教えてください。

―松下さん
埼玉で陶芸をしていたとき、クリック一つで材料の土が手元に届いていたんです。この材料はどういうもので、誰が作ったかものかわからない。それに疑問を覚え、「始まりが見えるモノづくり」をしたいと思いました。僕らが掘った土と、島の方が育てた野菜やヒマワリを灰にして、それを釉薬にする。それが面白いなと思うので、島に来ていただいた方にも体験できるようにしたいと考えています。普通の陶芸教室だとろくろや手ひねりなどをして終わりですが、僕らの陶芸体験では、例えば一緒に土を掘ったり釉薬で使う貝殻を一緒に拾いに行ったり…、点と点が線になり、「自分が使っているものがこういうプロセスでできている」と感じるような活動もしていきたいです。

■島の素材を使っているそうですが、どのように作られているんですか?

―松下さん
移住したての頃、島にどういった材料があるか高村さん・松原さんと3人で海岸線を歩いて探しました。何十種類も採取しながら、テストをして使えるものを見つけていきました。島で陶芸に向いている土を見つけることができたので、その土を採り、運んできたものを砕いて振るい、陶芸用の土にしています。今は電力の窯を使っていますが、ゆくゆくは燃料についても島の薪を使えるように、薪窯を作りたいと思っています。



■松原さんの活動はいかがですか。

―松原さん
私は、普通にOLをしていたこともありましたが、社会の中でうまく生きていけてないと感じていて、私は何を目的に生きているんだろうって考えることが増えました。それで、仕事をやめて京都の職業訓練校に通い、陶芸を学んで島に来ました。移住してからも「なぜ自分が生きているのか、なぜモノを作るのか」と考えながら日々は過ぎていき、お金を稼がないといけない、陶芸もやりつづけないといけない…と苦しいときもありました。でも、自分の作ったものができて、OIKAZEさんとのつながりや地域の人たちが興味を持ってくれ、「私のやっていることが社会と繋がっている」と感じることができ、今やっていることが間違いじゃなかったと思うようになりました。やりたいことはたくさんありますが、方針はこのまま進めたいです。今までのようにいろいろな人とどんどんつながって、新しいことを教えてもらう。知らないことを教えてあげる、そういう“人とのつながり”を自分の中で増やしていくと幸せな未来に向かって歩いていると思います。



■高村さんの国造りはうまくいっていますか?

―高村さん
国造りという言葉はわかりやすいと思って使っていただけですよ(笑)僕自身が理想・イメージを考えてから、こういう風にした方がいいかなと落とし込んでいくという思考回路なんですが、まだこれについてはしっくりとした言葉にできていません。日本全国のさまざまな地域や離島に、多様な文化などができていたら僕自身見てみたいし、日本が面白くなると思います。過疎化した地域は、人の行き来が少なかったり、インフラが整備されていなかったり、車で通過されるだけだったりショートカットされてしまったり…、でもそれらって今の技術があれば、解決できることなのではないかなと思います。今、社会の価値観も変わってきて、地域にとっては追い風。技術を使っていきたいという人に、再透過していきたいと思っています。その手法の一つとして、自分が地域に根差した生活をする。島と関わりながら自分の技術や今の社会を反映しながらモノを作っていくことでさらに面白いものができるのではないかと思います。カフェもその1つで、島の人と交流できるような場所ができたらいいなと。島の人とさまざまな関わり方ができる場所にしたいです。手島に来なければ味わえない、そんな体験を来た人にしてもらえたら自分にとって成功ですね。



島でのこれからの暮らし方

■皆さん、今までの経験を活かし、また新たなチャレンジをしているんですね。この島自体をどうにかしたいという思いもありますか?

―唐崎さん
僕は本音をいうとありません。新参者がどうしたいというのは失礼かなと思っています。なんとか自分のやっていることが結果的に島に還元されたらいいなと思うし、もちろん手が空いているときは島の方のお手伝いもします。でも、「誰かのために」と思い、自分をないがしろにすることでつぶれてしまう人もいるんですね。僕もそのうちの一人。島のために来ていないとかではないですが、優先順位の一番ではないですね。

―高村さん
手島は広島に比べて小さく、集落も一つしかない島です。だから、自分のアクションに対して影響が大きく、広がりやすい島だと思います。移住してから、いろんな人がいろんな思いを持っていると感じました。僕の理想は、道具を作ったり、モノを作って生計を立てたりする人が手島に移住してくれたらいいなと思います。手島は船便の関係で、島で自立して生活する人でないと移住しにくい島だと思います。でも、僕はそれが魅力だと思っているので、そんな人にこんな島があると伝えたいていきたいです。

―松下さん
作り手の島、手島になってほしいです。手島の作家だけでのクラフトフェアなどをすることが目標の一つです。本当にモノづくりには最高の環境です。また、このようなトークショーの場を設けてもらい、たくさんの人にアピールできて本当に良かったです。今回の話を聞いて島に行きたいと思ってもらえれば嬉しいです。

―松原さん
島の方たちは、私たちの活動というより、私たちが陶芸をしながら元気に生きていることに幸せに思ってくれているなと思います。島に来て、苦労して不便さに病むようなことがあれば意味がないと思うので、新しく来る人がしんどい顔をしなくていいような場所に私たちが先導して活動をしていけたらいいですね。



自分らしく生きること

■皆さんにとって、「自分らしさ」とは?

―唐崎さん
僕は案外ネガティブ。今までも消去法の人生でした。例えば、島に来たのも仕事を辞めざるを得なかったからでしたし、野球部がないから陸上部に入ったとか、そんな理由で僕の人生周っていたんです。大人になって思うのは人生の大半はうまくいかない。でも、僕は案外頑張っているなと。そう思ったら消去法で生きるって僕らしくていいかなと思えたんです。自分が「こうありたい」と思って走っていても、違う方向に走った時、今までと違う自分が見えてくる。例えば、旅行に行ったときに電車に乗り遅れてしまって、予定している目的地にたどり着けなくなったけど、行き先を変えたら知らなかった絶景に出会えた、みたいな感じ。バンっと人生が変わったりする。「消去法的に生きる」ことと「旅」は、通じるところがあるなと気づきました。願ったり叶ったりの人生じゃなくても、「楽しめる」なら、それを「自分らしさ」として認めてあげたいなと思うようになりました。

―高村さん
僕は死ぬことに切実で、「もし明日死ぬならどう行動するか?」、「 10年後ここにまた座っていたらとどんな世界だろう」など、どうやって自分が景色を見ているか具体的に想像するんです。イメージできるように動かないと、時間も解決してくれないし、状況って変わらないと思うんです。でも、意外に動き出すとできない理由ってたくさん見つかます。できない理由を考えるよりも、「どうしたら実現できるか」を考えて行動することや、周りの人などに相談すると、自分の考え以上のものが返ってくることもあります。少しずつ行動する中で今の自分がいて、自分が何回人生を繰り返しても同じように「今ここにいたい」と思うので、そう思えることが自分らしく生きていきていく理由だし、生きていける理由だなと思います。

―松下さん
やりたいことがあって、それがいろいろな条件で難しいことがあります。でも、手島は、どうにか実現する方法を探せる環境だとだと思います。頼もしい仲間と優しい島の人もいる。自分のやりたいことができたらいいなと思います。

―松原さん
自分って何かわかっていないところもあります。でも、西浦海岸の砂利を見て、「この石おにぎりに似てるなー」とか、その形についてずっと考えていて日が暮れたとき、自分らしいなって感じます(笑)誰かに指示されるのではなく、自分が納得してできることが大事だなと思います。



【編集部より】
夢と希望に溢れたフレッシュな4人の話に、参加者の皆さんは真剣に耳を傾けていました。トークショー終了後も4人の周りには人が集まり、さまざまな話を通じ交流を深めている様子でした。島には魅力がたくさん。新型コロナウイルス感染症が落ち着いた時には、4人の素敵な笑顔に会いに、島に行ってみませんか?