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現代アートを知る ~MIMOCAのキュレーターに聞く~ 2022.10.15(土)

子育てやビジネスの領域でも注目されつつある現代アート。現代アートって少し難しい?どう見たらいい?知っているけどもっと詳しくしりたい!と思われている方に向けて今回は、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)のキュレーター、竹崎瑞季さんに開催中の展覧会「今井俊介 スカートと風景」のお話から、現代アートとは何か、楽しみ方、おすすめのアート、そして現代アートの今などを伺いました。


現代アートの起源、歴史的な背景

―司会者

まず初めに、現代アートの起源、歴史的な背景を教えてください。

ー竹崎さん

「現代アート」はよく聞く言葉ではありますが、多様化しているので一言で話すのはなかなか難しいです。現代アートは、英語では「contemporary art(コンテンポラリー・アート)」と言いますが、「コンテンポラリー」という言葉は「現代の」や「同時代の」という意味で私達が今生きているこの時代を指します。もう少し大きな区分で、戦後を現代アートと言うこともあります。また、現代アートの文脈でよく引き合いに出されるマルセル・デュシャンの「泉」は1917年の作品なので戦後ではないのですが、物の見方を新しく提示する、コンセプトを提示することで作品を成立させるという意味では、現代アートの最初の作品と言われることもあります。

―司会者

マルセル・デュシャンの「泉」ですね。こちらは便器の作品ですが、なぜ作品として成立しているのか、竹崎さんの視点で教えていただいてもよろしいですか?

―竹崎さん

「泉」は、マルセル・デュシャンが自分の手でつくったのではなくて、工業製品をそのまま展示することでそれがアートになりうるというような、ものの見方自体を提示した作品です。

―司会者

それまでの時代のアートは、技巧的なものが主流だったように思いますが、「泉」をきっかけに、表現としてものの見方を提示する流れが出てきたのですね。

―竹崎さん

コンセプトを提示し、ものの見方の大きな変革をした作品として挙げられるかと思います。


MIMOCAの展示の考え方

―司会者

MIMOCAさんは現代アートを主とした展示をされていると思うのですが、MIMOCAさんの展示の考え方はありますか?

ー竹崎さん

MIMOCAの考え方として今からお伝えするのは、猪熊弦一郎が1993年に亡くなる前に職員を集めて語った言葉の一節です。
「アートとはその時代の答えであって、アーティストはこの現代をどう表現するのかという責任がある。それがコンテンポラリーアート。未来に向かってアーティストがどういうふうに方向づけ、今にないものを発見していくかっていう、一番大事で一番難しいことの結果を見せる美術館であってほしい。」
猪熊にとってコンテンポラリーアートというのは、「その時代の答え」であり、アーティストがその時代を表現することでした。猪熊はMIMOCAの創設にあたり、自分の記念館ではないものをつくりたいと考えていました。猪熊自身も自分が生きた「現代」を表現することに努めましたが、後の世代のアーティストもまた、彼らが生きるその時代を表現していくことを見据えて、MIMOCAはその結果を見せる美術館であってほしいと考えたのです。

―司会者

その時代でも、先進的なことを考えられていたのかなと思うのですが、猪熊さんが考えていることは、同時代的であり、かつ未来の芸術を考えられていたのだなと思いました。

―竹崎さん

そうですね。最初にお伝えした「同時代の」表現という意味では、その時代時代の表現が積み重なることによって、現在の美術が更新されていくと思います。

現代アートと抽象絵画

―司会者

今は現代アートの概念的なお話をしていただいたのですが、現代アートの作品例を教えてください。

ー竹崎さん

たとえば抽象絵画として、戦後アメリカの美術から例を挙げるとすると、まずジャクソン・ポロックなどのアーティストが挙げられます。1950年代にアメリカを拠点に活躍したアーティストです。

―司会者

アメリカは現代アートの先駆けなのでしょうか?

ー竹崎さん

それまではアートの中心地はフランスのパリにあり、ピカソやセザンヌが活躍していました。しかし、戦後はアメリカに中心が移り、新しい表現が花開き、大きな流れができました。

―司会者

ジャクソン・ポロックの作品は、絵画ですか?

―竹崎さん

「ドリッピング」と呼ばれる技法で、絵の具を垂らしたり飛び散らせたりして描いている絵画です。戦前にも、モノを写実的に描くだけではないキュビスムや抽象絵画の動きは既に出ていましたが、戦後アメリカでは抽象絵画がより大きな動きとして起こりました。

―司会者

この作品は現代アートとして、どのように評価されているのですか?

―竹崎さん

絵の具を滴らせることで絵を成立させる「ドリッピング」の手法によって、戦後アメリカの「抽象表現主義」を第一線で牽引した人物として評価されています。
猪熊も、1938年からのフランス留学当時はキュビスムなどの影響も受けていましたが、戦後にアメリカに移り住んだ頃から、一気に抽象絵画を描き始めました。それまでは、抽象的な絵画をうまく描くことができないジレンマを感じていたようですが、アメリカで色々な作家と交流したり、作品をたくさん見たりして、刺激を受けたことによって抽象絵画を開花させました。

―司会者

猪熊さんも、その時代のその場所のムーブメントに影響を受けて作品制作をされていたのですね。
当時、猪熊さんと交流のあったアーティストを教えてください。

―竹崎さん

有名なところで言うと、マーク・ロスコです。「カラー・フィールド・ペインティング」と呼ばれる表現を代表するアーティストです。画面に色を塗っているだけのように見える作品ですが、実際に作品の目の前に立つと、深い精神性を感じられる作品です。


展覧会「今井俊介 スカートと風景」

―司会者

MIMOCAで展示されていた今井俊介さんのサテライト展示をマルタスで行っています。今井さんの作品も、抽象絵画ですか?

ー竹崎さん

抽象・具象の問題は根深くあって、猪熊も晩年、抽象と具象を織り交ぜて描いた作品を制作していました。抽象、具象の区分自体がただの区分でしかない、それよりも表現することがあるという境地に行き着きました。
現代では、抽象も具象も無いところに着地している感じがしています。特に今井さんは、抽象と具象の境界を面白く行き来している作家さんです。ストライプや水玉模様が組み合わされたデザインのようなイメージを絵画として描いています。

―司会者

作品にはモチーフがあるのですか?

―竹崎さん

現在のストライプの絵画シリーズは、大学の助手時代、知人が履いていたスカートの模様をモチーフに描いたのが始まりだそうです。チェック柄のスカートだったそうですが、チェック柄がスカートのドレープでグニャッと歪んで見えた様子がきれいだと思い、それをもとに絵を描きました。

―司会者

マルセル・デュシャンはメッセージ性が強いと思いましたが、今井さんはメッセージ性に加えて、絵画としての描き方も探求されているのかなと感じました。

―竹崎さん

今井さんはコンセプトも大切にされていますが、絵として成り立つことも大事にされています。パソコンで制作したグラフィックデザインのように見えますが、実際は全部手で描いており、絵画として成立させることへのこだわりがあります。マスキングテープや定規などを使わずに全部フリーハンドで描かれています。
絵画の描き方としては、最初にパソコンのデジタルツールを使って描くイメージとなる図柄をつくります。そして、その図柄をプリントアウトし、紙自体をぐにゃっと曲げる。それによって元のイメージが歪んで見えた状態で、絵画として描くという手法です。

―司会者

その図柄を模写しているような感じですか?

―竹崎さん

それに近い感じです。一見抽象に見えますが、歪んで見えたイメージをそのまま描いているという意味で具象でもあります。
現代アートは難しいと思われることが多く、特に抽象絵画は「何を描いているのか分からない」とされる風潮がありますが、今井さんの作品にはそういう捉えられ方をひっくり返して、抽象を描いているようで実は具象でもある、という面白さがあります。

今井さんは、最初にご紹介したジャクソン・ポロックやマーク・ロスコなど、抽象絵画をはじめとする美術の流れを参考にしながら、この時代に何を表現すべきかと、自分なりの答えを見つけ出しました。
この時代の表現であるということの一つは、パソコンやプロジェクターを使ったメディア作品であるという点があります。また、「何を描いているのか分からないので難しい」という抽象絵画のイメージをくつがえすアプローチも面白いです。今井さんの作品に特徴的な、鮮やかな色彩も時代を表しています。

―司会者

色彩も時代を表しているのですね。例えば、色にはどのような時代性があるのでしょうか。

―竹崎さん

今井さんの作品には、ショッキングピンクや蛍光イエローが使われています。それは今井さん自身が語っているのですが、東京の夜の街のまばゆいネオンや、ファストファッション店に大量に並んだケミカルな色の服などからインスピレーションが得られています。過剰なものやイメージに溢れる現代社会を背景として生まれた表現というところにも同時代性があるように思います。

―司会者

今井さんは、その時代の自分が感じた社会を反映されているのですね。

―竹崎さん

生きているからこそ、社会の影響を受けて表現に反映するというところが今井さんの作品にも表れています。

―司会者

余談ですが、竹崎さんがオススメする現代アートはありますか?

―竹崎さん

今井さんがMIMOCAでの展覧会のために制作してくれた作品です。MIMOCAの大きな展示空間に合わせて、ゼロからつくっていただいたという意味でもオススメしたいです。作品の前に立つと色にのみ込まれるようなイメージがあり、今井さんがファストファッション店で感じた「色の洪水に溺れる」という感覚を共有することができるのではないかと思います。


これからの現代アート

―司会者

現代アートの将来図が竹崎さんの中であれば教えてください。

ー竹崎さん

かつては絵画、彫刻が中心だったのが写真や映像、インスタレーション、今ではインターネットやVRも出てきて、表現方法はますます多岐に渡っています。また、モノではなくてコトをつくるなど、そこに起きる事柄に焦点を当てていくような動きや、人との関わりの中でできていく作品もあります。

―司会者

今までは個人で作品を探求していたのが、複数人で何か一つの物事をつくることに変化してきているのですね。

―竹崎さん

作家は一人で全部考えて作品を生み出すというイメージがあるかもしれませんが、実際は、作家一人の考えだけで完結することじゃないと思います。過去の作家もそうだったように、その時代の物事に何らかの影響を受けたり、色々な人との関わりの中で、できたりするものだと思います。

―司会者

今井さんも、映像作家やデザイナーなど様々な方とのコラボレーションを通して新しい制作方法や展示方法も模索されているように感じました。美術館やギャラリーに展示するだけではなく、新しい領域を広げられているのかなと。

―竹崎さん

美術館に訪れる以外にも、美術に触れる場が増えるといいなと思います。

―司会者

前に比べると、アートへの関心度合いが高くなっている一方、資本の中に組み込まれていくことで単調な作品しか生まれないようになってしまうのではないかなと思っているのですが、竹崎さんのお考えはどうですか?

―竹崎さん

アート自体が色々な分野と共同、越境していくのは良いことだと思いますが、目的が縛られすぎてしまうと表現自体の自律性がなくなってしまうという課題が出てくるかと思います。


現代アートの楽しみ方

―司会者

今回は、現代アート入門を目的にトークイベントを開催しました。おそらく、現代アートにどのように接したら良いかわからない方もいらっしゃるのではないかと思います。そのため最後は是非、竹崎さんが考えるアートの楽しみ方を教えていただけますでしょうか。

ー竹崎さん

私が美術を面白いと思うようになったのは、大学生の時に見た作品がきっかけです。古賀春江という戦前に活動した画家で、シュルレアリズムを日本で取り入れ、時代の先端の事物をコラージュして描いた「海」という絵画などを制作しています。
私はその絵を実際に見た時に、なんでこんな絵を描くのだろうと不思議に感じ、その違和感が気になり調べていく中で、シュルレアリズムの影響だけでなく、当時の社会状況を読み取ることができるということがわかりました。
同じように、美術は一つの作品の中に、その時代の状況が保管されていて、自分がその時代に向き合うことが出来る窓口だと気づきました。違う時代に生きていても、作品を通して、“違う時代のことを感覚的に知ることが出来る“ という面白さがあると思います。作品はその時代の表現だと考えると、今生み出されている作品にも今の時代の要素が反映されていて、20年後、100年後の人たちが見たら今と繋がる結び目になると思います。
何か一つでも作品との出会いがあると、現代アートを楽しめるのかなと思います。好きでも嫌いでも、何かしら引っかかる作品、自分の感性や好みに直結している作品を少しずつストックしていくと面白いのかなと思います。

―司会者

見て、自分がどう感じて、わからないけど何か考える、というところにアートを観ることの面白さがあるのかなと思いました。

―竹崎さん

ひとつの体験をもとにして、自分の考え方、見方が刺激され、アップデートされるので面白いのかなと思います。
今、インターネットで様々な作品を見ることができますが、実際に見て、それを前にして自分がどう思うかというのは結構違いますね。

―司会者

インターネットで見て満足するだけでなく、実際に行ってどう感じるかというのを試すのも面白いですね。

―竹崎さん

事前情報と実際に自分が感じたこととの乖離や、なぜ好きなのか、なぜ嫌いなのかなど。それらを追及していくと、自分なりの楽しみ方で現代アートを鑑賞できるのではないかと思います。

【編集部より】
今回は、マルタスでサテライト展示を行った展覧会「今井俊介 スカートと風景」も絡めながら、現代アートについてお話ししていただきました。香川県内各所の美術館や島々にある作品を鑑賞してみるのもいいですね。

「今井俊介 スカートと風景」展の詳細はこちら
https://www.mimoca.org/ja/exhibitions/2022/07/16/2595/
※丸亀市猪熊弦一郎現代美術館にて2022年7月16日から11月6日まで開催。