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アーティスト石村嘉成 トークショー 親子の物語~発達障害のわが子と歩んで~ 7月17日(日)

7月17日(日)「アーティスト石村嘉成 親子の物語~発達障害のわが子と歩んで~」が開催されました。
親子で重度の自閉症と向き合い、歩んできた画家として制作活動を行っている石村嘉成さん。 親子で歩んできた療育の道、人生を変えた版画との出会い、亡き母への思い…。 今日に至るまでの親子の様々な葛藤や試練、悲しみ、そして喜びについてお話を聞きました。


版画と出会うまでの歩み

―嘉成さん
幼い頃は嫌なことがあると大抵暴れるだけの子どもで、2歳の時に自閉症と診断されました。そんな私に母は知覚吸収支援、言葉や数、周りに合わせることや、社会の決まりを守ることをとても厳しく教えてくれました。しかし、小学校低学年の私は席につくことができず、勝手気ままに動き、人に迷惑をかけていたそうです。

そんな私を心配し、母は学校で毎日毎時間教室に寄り添ってくれました。人に迷惑をかけない人に育って欲しい、社会のルールを身につけて欲しい気持ちでいっぱいだったそうです。私の自立に向けて、自分の時間を全て使ってくれた母は、私が小学校5年生の時に病気で亡くなりました。
「嘉成は大人になっても人の助け無しでは、生きていくことができないだろうから、人から愛されるようになってほしい」と母は言っていたそうです。

中学、高校と進むにつれ、自分のことは自分でできるようになり、他の人には迷惑をかけないようになってきました。例えば、学校を休まない、忘れ物をしない、授業中はきちんと席につき、先生の話を聞く、集中して勉強をするなどです。そんな私に、先生や友達はとても優しくしてくれました。その頃の先生や友達の何人かは、今でも展覧会のときに必ず見にきてくれます。


高校3年生のときに私は、絵画の授業を選択しました。それが私の絵の出発点です。
美術の先生が「嘉成くんの描く線はとても良いから版画をやってみてはどう?」と言ってくれました。そこで第一弾、「カマキリ」や「トンボ」を作りました。その版画をある専門学校の公募展に出品したところ、なんと入選したのです。

私は卒業式の前の日に、全校生徒の前で校長先生から賞状をいただき、みんなに褒められ、その時の喜びを今でも忘れられません。
高校卒業後は、自宅でコツコツと版画生活をしていました。版画の作業の中で、『彫り』という作業があります。彫刻刀でサクサクと彫るのはとても楽しい作業です。その半年後、高校生の時の作品がパリでのコンクールで優秀賞をいただくことができました。“コツコツと頑張る”という母の教えを頑張ってきたからだと思います。



今後の展望

―嘉成さん
私は小学校の頃から毎日絵日記を書くようになりました。右のページには今日あった事を書き、左のページにはその日1番興味のある動物を描きました。旅行に行ったときのことだけでなく、夜おうち時間を楽しんでいるときに色鉛筆を持っていき、寝る前に毎日3時間以上かけて描きます。そしてこの絵日記の動物たちをキャンバスに描くようになりました。
キャンバスになっても大好きな動物たちを作品にすることには変わりませんでした。

私は幼い頃から、動物が大好きな子どもで、母の躾は厳しかったですが、大好きな動物に関しては、私の好きなことをたくさん経験させてくれました。例えば、動物の絵本を読んでくれる、動物園に連れて行ってくれる、動物の番組を見せてくれるなど、動物と過ごす時間をたくさんくれました。子育てをするキリン、仲良く泳いでいるイルカ、アジアゾウからインドサイまで描きたい動物が次々出てきます。きっと母が、「嘉成の好きな動物をいっぱい描いてね」と言ってくれているからだと思います。だから今の私は動物を描きたい気持ちで溢れています。

動物の絵を見て多くの人が「元気が出たよ」「優しい気持ちになったよ」「明日からも頑張ろうと思えた」と言ってくれます。私はこんな言葉を聞くと支えてくれた方に恩返しができたようでとても嬉しくなり、動物たちをもっと描きたくなりました。自分の作品で人を元気付けることができたら嬉しいです。そして、いつか『自閉症のアーティスト石村嘉成』ではなく、『アーティスト石村嘉成』と呼ばれるようになりたいです。これからも頑張ります。よろしくお願いいたします。



嘉成さんより元気いっぱいの開会の言葉があり、次に、嘉成さんの父、和徳さんの講演が行われました。



自閉症、発達障害について

―和徳さん
遊ばせるだけではいけない、子守だけではいけない、教育をすればこの子達も成長できることを本日はお話ししたいと思います。

発達障害は、発達のタイプが違うだけなのに、障害というものに分類されています。
まず、発達障害の主な特性についてお話させていただくと、ADHDは、人の話を集中して聴けない、考えなしで行動してしまういわゆる多動症、衝動性、不注意の特性を持っています。ALDは学習障害、普通にできることもあるが、読み書きや計算など特定の分野が著しく困難を示す傾向があります。

ここで1番難しいのは、息子のようなASD(自閉症スペクトラム)という障害です。これは対人関係の障害とも言われています。空気を読みにくい、人の気持ちを理解するのが苦手、予定の変更ができない、特定の物事に強いこだわりを持つなどがあります。
皆さんの周りにも「え、今ここでいう?」というようなKYの方がいらっしゃると思います。普通の方でもその機能が弱いという方が世の中にはいらっしゃいます。


次に、自閉症の子とそうでない子の違いを考えてみました。
自閉症というのは、心を開きにくい、社会性を育てにくいという困難性もありますが悪いものが入りにくい(同人他者によって心が犯されにくい)傾向があります。一方、健常者、いわゆる普通の子どもたちは認知力や理解能力がありますが、悪いものもどんどん取り入れてしまうという危険性があります。

どちらにも、利点や危険性があり、お互いの利点、危険性を知ったうえで子育てするのがいいと考えています。発達障害の療育というのは特別なものではなく、普通の子育てと同じで、「今、この子に必要なものは何だろう?」と考えることだと思います。
石村家は、普通の子育てを丁寧にしてきただけです。普通の子どもたちは親子や友達の会話などで自然に学べることも、発達障害の子たちにとっては、難しいこともあります。一つひとつ教えていかなくてはいけないけれど、それを丁寧にしてきました。それで十分に成長できると考えています。



愛情に包まれた療育

ー療育とは、障害がある子どもに対して、発達の状態やその特性に応じて幅広く支援し、将来の自立を目指すことー

―和徳さん
息子が1歳2か月頃から、カメラの方を見なくなり、模倣もしなくなりました。特定の建物に入ろうとすると大泣き、散歩の時間にも大暴れするようになりました。もともとできていたことができなくなり、突然全てを失いました。これを「折れ線型の自閉症」というらしいです。
1歳半検診で、専門の機関に度々相談に行きましたが、「まだ小さいから様子を見たら?」とどこに行っても言われました。これは悪魔の囁きでした。親は子育ての素人なのに、その専門機関の先生たちが「まだ小さいから様子を見たら?」という。親としてはそれを信じたいです。しかし、この言葉が、何も出来ない子をどれだけ作っているか、発達のチャンスを奪っているのかを知ってほしいです。

妻は、日々増えていく問題行動に再度小児神経科を受診させ、息子は自閉的傾向があると診断されました。そこでも、「遊ばせてないからこうなっているのだ」「もっと声をかけてあげなさい」と伝えられ、どう遊ばせて、どうスキンシップをとっていけばいいのか、途方に暮れる毎日でした。しかし、あんなに遊んでいたのだから、「遊ばせてないからこうなっているのだ」と、言われても他に理由があるはずだと思いました。

そこで私たちは自閉症について自力で勉強をしましたが、文献を読んでも、何をしたらいいのか分からないということがわかりました。1歳まで純粋で賢そうな目をしていた我が子が一生治らない自閉症となる、これは絶望のどん底に落とされたような気持ちでした。
パニックを起こして泣いてばかりいたけれど、大好きな動物のビデオを食い入るように見ているときは知的障害など微塵も感じませんでした。親としては納得のいかない部分もあり、それからは私たち親がきちんと育てていかないといけないと思い、後悔することがないように、適切な療育方法がないか探しました。




―和徳さん
療育方法を探す中、愛媛県新居浜市に、「トモニ療育センター」という自閉症児の親を優れた療育者として援護する施設があることを知り、所長の河島先生を訪ねました。
自閉症は育て方の問題ではなく、生まれながらの脳の機能障害であり、徹底した療育を要すること、パニックを恐れず何事も経験させること、使えない脳があるかもしれないけれども、使える脳はたくさんあるからそれを使って発達のチャンスを与えること、母親が正しい知識を持って、適切に行う早期療育の必要性を教えてくれました。

3歳なら3か月で治せることが、15歳まで放っておいたら5年かけても治せない。だから、「様子を見ましょう」なんて言っている場合ではありません。その子の発達のチャンスをどれだけ奪っているか、発達障害などは医学的に完治しない病気となっており、治療法が確立されていませんが、親がとにかく勉強して、それを家庭で実践するというのが療育であると私は思っています。河島先生の考えは今までの理論と全く違うものでしたが、これを信じようと思いました。何年かかっても、我が子に信念を持って療育していこうと夫婦で話し合い、厳しい療育を覚悟しました。

障害をもつ子の親は誰しも考えることだと思いますが、「この子は将来自分の力だけでは生きていけないだろう、一生人のお世話になるだろう、そのためには人からお世話してもらいやすいようにならなければいけない」とも思うようになりました。
トモニ療育センターで1時間ほど、子どもの発達の現状、いわゆる認知機能がどの程度まで発達できているのか、親子関係はどうなのかを正確に把握し、家庭での今後の療育方針や取り組みの参考にするための検査を行いました。
息子は、反応は適切であるが、好き嫌いがはっきりしている、コミュニケーションは全く取れていない、人との繋がりができていない、指示に従えないなどの重度の障害があると診断されました。

検査では、粘土を細くするという作業を行いましたが、たったそれだけの動作に、泣いて暴れました。辛いから、悲しいから泣いているのではなく、何を言われているのかわからない、嫌でも嫌だと言えないから泣いているのです。彼にとってはそれが言葉なのです。話せない息子にとって泣くことは言葉でもありますが、それに引きずられてはいけません。どういう原因に基づくものなのか、原因を深く洞察して、積極的に対応するために、文字を知る、言っていることを理解することに2年半かかりました。

その後、保育園に4年通っていましたが、集団の力を利用するというのは非常に大きなものだと感じました。
通っていた保育園の園長先生が教育に熱い方で、「障害のある子も受け入れて、普通の多くの子どもたちと一緒に育てたら、多くの子どもたちが我々では言葉で教えられないことを子どもたちから学ぶことができる」と受け入れてくれました。保育園で人との接し方や、大勢の中で刺激を受ける重要性を感じ、小学校も普通学級へ入学させたいという思いがありました。そのために紐の靴を自分で履けるよう練習し、母が学校で横につくことを条件に、普通学級へ入学することができました。



講演を通して伝えたいこと

―和徳さん
子どもたちの療育には、“適切さ”“一貫性”“継続”の全てが必要で、しかも徹底して行われたときに療育の効果が現れる、そのくらい難しいものです。河島先生はこれを、「行き届いた療育」と表現しました。
行き届かすために親としての覚悟と冷静な判断に基づいた厳しさや、将来を見据えた子育てをするためには母親が子どもの現状を詳細に把握して、見返し、今どう向き合うべきかを考え共感しながら、知識のある愛を持って育てることが必要です。
時には厳しさも必要ですが、子どもたちはそれを深い愛によって実践されていることを知っています。とりあえず甘やかす無知なる愛は絶対にダメと覚えてください。

医学的には確立されていませんが、就学前が本当に大事で、その日々の療育で、日常生活を獲得できると思っています。獲得できさえすれば、面白いものが出てくると思います。
しかし、そこに到達できない子が多くいるのが現状ではあります。希望を持って親には子育てをして欲しいと考えています。

また、自閉症の子は人に興味がない、サービス精神など、人に喜んでもらおうと思う気持ちはないと勝手に決めていました。しかし、息子の成長から、自己肯定感を持ったら、みんなと同じような学びができるということがわかりました。自閉症だからできないということはなく、人に興味も持つのです。

私は、発達障害という言葉が彼らをより生きづらく、ネガティブに落とし込んでいると考えています。そこで、『特性発達』という言い方をしてはどうだろうと、このような場で訴えています。例えば、ADHDの子は、裏を返せば行動力があり、いろんなものに興味を持てるという捉え方も可能です。息子のようなASDの子は、人に流されることはない、コツコツと自分のことに取り組める、匂いや音の微妙な違いがわかります。捉え方によっては、それを仕事に生かすこともできると考えています。様々な特性を持って発達したというふうに捉えれば、この子達も生きやすいのだということを伝えたいです。



ライブドローイングが行われました

公演終了後のライブドローイングでは、石村さんが完成手前まで仕上げた版画作品の最後の作業である、バレンでこする作業を会場の皆さんと行いました。
嘉成さんの版画の工程では、先に目安で色付けを行い、その後、線をのせることで、嘉成さん特有の発色が出てくるそうです。
間近で嘉成さんの作業の様子や作品を見ることができるまたとない機会だったため、皆さんキラキラとした眼差しでこする作業を行っていました。
その後、完成した作品を嘉成さんの合図でオープンすると、そこには嘉成さんのお母様の肖像画が表れました。素晴らしい作品が完成し、満場の拍手に包まれ、大成功で終わりました。


※新型コロナウイルス感染拡大防止対策を講じた上で開催しました。



と、ここで閉会の挨拶かと思ったところ、何とサプライズで「サイン入り図録をもらっちゃおう!嘉成君とじゃんけん大会」が開催され、嘉成さんのサイン入り図録をめぐりじゃんけん大会が繰り広げられました。
嘉成さんの掛け声で行われ、大人も子どもも大はしゃぎでとても大盛り上がりのじゃんけん大会となりました。
勝ち残った10名の皆さんおめでとうございます。



【編集部より】
当日会場には、「動物園のなかまたち」や「みんなのきなこ」が、展示されました。「動物園のなかまたち」は色鮮やかな動物たちが画面いっぱいにいたので、近くから見ても、遠く離れて見ても迫力を感じました。「みんなのきなこ」は当時活躍し、夕方のTVで取り上げられていた警察犬きなこを思い出して、懐かしくなりました。
愛情に包まれた中での療育、お母様の厳しくも優しい愛と、お父様の大きく温かい愛に包まれていたからこそ、今の嘉成さんの世界を表現できていると感じました。